予防医学研究所ニュースレター
2011.5.10 |
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皆さんお元気ですか。今回もまたベニャミンさんの東日本大震災の被災者を支援の様子についてお話しいたします。 被害の大きかった山元町 亘理町の避難所を後にして、山元町に向けて出発しました。そこで問題が一つありました。それは、山元町の避難所で焼き芋をやるのに、まだ役場の許可をもらっていなかったのです。被災地で支援活動をするときは、行政の許可が必要です。そこで、どうしたらいいかなあと考えていると、岩沼で焼き芋を手伝ってくれた友人が、山元町の避難所で餅つきのボランティアをしてきたことを思い出しました。 さっそく電話してみると、仲間の一人が山元町出身で避難所に10日ほどいていたと言われます。その方の連絡先を聞き、すぐに電話かけてみると快く引き受けてくれ、すぐに役場の許可をとってくれました。 物々しい町役場 国道6号線を南下して、山元町に入ると消防署の前には、神戸や明石ナンバーの最新式の消防車が何台も応援に駆けつけていました。自衛隊の車両が急に増え、国道沿いに子供連れのお母さんが、「自衛隊の隊員さん、ご苦労様です」という手書きのプラカードを持って、自衛隊員にエールを送っています。 村役場に着くと、建物の前に自衛隊の装甲車、医療用のトラックが陣取り、駐車場にはたくさんのジープと自衛隊員がいました。装甲車の前には「第一大隊指揮所」という看板が立てかけてあります。震災後1ヶ月たっているのにこの風景には、ただならぬものを感じました。 被害の状況 役場の駐車場で、役場に話をつけてくれた菊池さんと落ち合って、お話を聞かせてもらいました。 はじめにボランテイア登録をして下さいと言われ、自衛隊の指揮所のとなりにある町役場のテントに行って登録をしました。 登録しているときに、町役場の人に被害の状況を聞いてみました。 避難所の様子 役場では、山下中学校の避難所に行って下さいと言われたので、中学校に向けて移動しました。山下中学校に着くと、隣の小学校の校庭には自衛隊のテントがたくさん並んでいました。 ここの避難所は、運営を被災者に任せているので活気がありました。一人一人に仕事が割り当てられていて、至る所で被災者によるミーテイングが行われ、避難所の運営について避難者自身が話し合っていました。 その日は、被災者の企画で散髪のサービスがあり、教室や屋外で10人ほどのボランティアの美容師さんが、お湯を湧かしながらテキパキ働いていました。ガスが出ないのでお湯が足りなくなると『水でもいいから洗って下さい』と言って寒空の中洗髪してもらっている人もいます。被災地では、何日もお風呂に入れなかったので皆さんうれしそうです。 焼き芋の準備を始める 9時頃から焼き芋の準備を始めると、ベニャミンはお祈りを始めました。その日は小雨がぱらついていたので、校舎と校舎の間の広い屋根つきの通路に陣取りました。 他にも親が片付けに出ていている子供達が、遊びに飽きると手伝いに来ました。まだ皆に配っていないから内緒だよと言って焼き芋をあげると、時間をかけて大切そうに食べている姿が印象的でした。 大人気で3時間待ち 1時から焼き芋を配り始めると、長蛇の列ができ、10分ほどで売り切れてしまいました。そこで、焼きあがった頃に来てもらうために予約を取ると、4時まで予約で埋まってしまいました。 もうこうなるとただひたすら焼くしかなく、焼き芋屋さんもベニャミンも一生懸命焼いています。ベニャミンはっしょっちゅう釜の様子を見て、薪をくべたり木をひっくり返したりするので、焼き芋屋さんも感心していました。 山元町の被災の様子 その頃、武藤さんに岩沼市のボランテイアの団体から電話が来て、家いっぱいに溜まった援助物資の服を、夕方の6時に引き取りに来てくれるというので、避難所は焼き芋屋さんに任せて、夕方には岩沼に戻ることにしました。 避難所を出て海岸沿いの道を走っていくと、道路が津波で流された家にブロックされて、通れなくなっていました。周辺の家も破壊されたままになっていて、手つかずの家がたくさんありました。もう夕方ということもありますが、人影はほとんどありませんでした・・・。 がんばれ岩沼 武藤さんの家に着き、スーパーからもらった支援物資の衣類の片付けをしていると、「がんばれ岩沼」というボランテイアの方が、服を引き取りに来てくれました。岩沼駅前の事務所には、今でも毎日50人以上の人が服を取りに来るとのことでした。 さっそく4トントラックに荷物を積み込みはじめたのですが、すぐに荷台がいっぱいになってしまい、3往復して運んでもらいました。これでようやくゴミ屋敷のようになっていた部屋がきれいにかたづきました。 ボランテイアの方は、まだ服は必要だと言われるので、これからも持ってくると伝えました。 これさえなければ ベニャミンの場合一つだけ欠点があります。それは車の運転です。 ―「私はあなたのことをすごく尊敬しているが、一つだけ尊敬出来ないことがある。それは車間距離の取り方が短すぎることだ」 そして、ベニャミンの獅子奮迅の働きを神様が見ていて、事故が起きそうになっても奇跡を起こしてくれるから大丈夫、と自分に言い聞かせて寝ることにしました。 ベニャミンの原点 ベニャミンの原点は、ユダヤ教のハバートという宗派の考え方にあります。ハバートの特徴は、年が若いラバイを世界中に送り出して人助けをさせることです。若いので経験がなく、志とエネルギーだけではじめていきます。 あるときエフラットさんに「ユダヤ教の教えを、わかりやすく説明してもらえますか」とたずねると、「自分が人からされて嫌なことを人にしないこと。そして、正しい行いをすることです」と答えてくれました。 ベニャミンはつねに、正しい行いをしようと思って生きています。彼は、困った人がいるとすぐ助けに行きます。初めは理解されないこともありますが、時間がたつにつれ、困っている人から頼りにされ、感謝されていることがわかってきます。 ベニャミンに巻き込まれると・・・ ベニャミンは数ヶ月前までは、週に3〜4回刑務所に行って支援活動をしていました。私と妻もその支援活動に巻き込まれて、無実の罪で2年間も拘留された結果、心の病気になってしまった方を支援するために、小菅の東京拘置所に毎週面会に行くようになりました。 今回もまた、ベニャミンに巻き込まれて、東日本大震災の被災者支援について行き、たくさんのことを学ばせて頂きました。被災者の方と触れ合う中で感謝され、学ばせて頂いた事に感謝し、それらの学びをニュースレターにしました。そこで皆さんに、ベニャミンの支援活動への寄付を募ったところ、十数人の方が協力して下さいました。 ベニャミンに影響を受けた私たち夫婦が行動して、その友達も巻き込まれていく。その友達からまた善意の輪が広がっていく。そのようなことが、ベニャミンに関わるたくさんの人の間で起きています。 ベニャミンは、一人の人間が真剣に動けば、社会が変化していく可能性を示している。それは、私たちが与えられた現実の中で真剣に生きれば、必ず道は開けることを教えてくれているように思います。 これからの支援 大震災から1ヶ月経ち、避難所から仮設住宅へと移る方も出てきました。被災者の生活の場が変化しつつあるので、ベニャミンにこれからどう支援していくのか話を聞いてみました。 ―「これからの支援はどのようにしていくの」 これからも彼は被災者の支援を続けていくことでしょう。初めはベニャミンと武藤さんの2人で始めた支援が、1ヶ月後にはとても大きなものに育っていきました。 その後も、彼の活動を聞いたイギリス人が、船便でペットボトルの水を80トン分送ってくれることになりました。また、イスラエル、アメリカ、シンガポールなどの国々から多額の寄付を下さる方がいらして、そのお金で支援物資を買って運び続けています。 これからも、彼が動き続ける限リ皆さんが巻き込まれ、支援の輪がどんどん広がっていくのではないかと思います。 被災者のための寄付金集め ベニャミンは、「これからは家を建てるためにお金が必要になってくるから、被災者のためにお金を集める」と言っていました。 そして、地震が起きる前は世界中を飛び回って、ビルを買うための寄付を募っていました。ですから、そのプロジェクトの為にもお金は必要です。そこでどうするのか話を聞いてみると、「今は地震と津波で困っている人を助ける、品川はその後だ」と言います。 でも、今回の彼の行動を見ていた人々から、品川のプロジェクトにも寄付金が集まってしまうような気がしてなりません。 今回で、本に載せる分の原稿は終わりです。先日編集者に原稿をお渡ししたので、あと3〜4ヶ月で出版になります。今まで付き合ってくれてありがとうございました。今後もベニャミンについては面白い話があれば載せていきます。 *寄付のお願い ベニャミンさんの支援活動は、皆さんの寄付によって成り立っております。ベニャミンさんをサポートしてくださる方は、ベニャミンさんの教会、ハバド ハウスに御寄付いただけるとありがたく思います。
*先日、インド、スリランカ、オーストラリア、フィリピンから、ハバートハウスのラバイさんが、十人ほど日本にいらして、皆さんで南相馬市の避難所へ行き、ハーゲンダッツのアイスクリームを2000個差し上げてきました。地震後はじめてアイスを食べたと泣いて喜んでいた方もいらっしゃいました。 その後、津波の犠牲者と原発が落ち着くように祈りを捧げ、東京に戻ってハバートハウス アジア地区の会議をして、今後どのように被災者をサポートしていくかを話し合いました。また千葉刑務所へ慰問にも行きました。 インドから来たチーフラバイは、「日本では誰もユダヤ教を知らないから、ベニャミンのようなクレイジーなラバイが必要なんだ」と話してくれました。 その後もベニャミンは、花やハーブを仮設住宅に届け、5月22日には、岩沼市の仮設住宅で避災者のためにバーベキューをやる予定です。私たちもその日には行って、妻はバーベキューの近くで、アートのクラスをやる予定をしています。 お知らせ 病気の原因の9割は、“活性酸素”が関与していると言われています。老化をはじめ、シミ、そばかす、動脈硬化やガン、糖尿病、生活習慣のもととされる”活性酸素”と、それを除去する“SOD”とは何かということについての勉強会です。 この講座では”活性酸素“対策や丹羽療法を、専任講師がスライド等を使ってわかりやすく説明し、個人的なご質問もうけたまわります。
*講師の森門さんのお話を一度聞いたことがありますが、活性酸素の話をさせたらこの人の右に出る人はないというほど博学で研究されています。健康について自己責任で管理されたい方にはためになる勉強会だと思います。 足立幸子原画展 詳しくはhttp://www16.ocn.ne.jp/~tobila/index.htmlをご覧下さい 愛知交流会 予防医学研究所ニュースレター |